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​終幕「双子」

「犯人はハツさんだな」
​丑之助がそう言うのと同時に、音太郎がハツの手を掴んで叫んだ。
「トヨ、逃げよう!」
そのまま二人は駆け出す。
丑之助は慌てて刀を抜いてその後を追った。
後に残されたヨシは「賑やかで結構」とため息交じりに零す。
よし、いいぞ。
丑之助はハツを庇いながら逃げる「夜蜘蛛」が思うように自分を引き離せないのを見て、ほくそ笑んだ。
この調子ならすぐに追いつけるだろう。
一方、音太郎は自分に必死についてくるハツの後ろに丑之助が迫っているのを知っていた。
​このままなら逃げきれないだろう。
音太郎は大きな木の陰にハツを引き込み、その頰を包み込んで、目を見据えた。
「……トヨ。俺がアイツを引きつけるから、ここに隠れていろ。
十分距離が離れたと思ったら、引き返して逃げるんだぞ」
ハツの目に涙が溢れた。
抑えきれない嗚咽は海望峠の名前の由来になった峠の下の海波のせいで音太郎にも聞こえない。
「嫌。一緒に行かせて」
「駄目だ。もうアイツがくる。言うことを聞いてくれよ」
しかし、丑之助の前に躍り出ようとする音太郎の腕をハツは頑として離さずにいる。
「どうせ死ぬのなら」
ハツが囁く。
「私と一緒では不満ですか」
音太郎の腕を掴んだまま、ハツはまた走り出した。
波の音に導かれて、二人は走った。
丑之助は距離を徐々に縮めながら追ってくる。
不意に、音太郎はハツがしようとしていることを悟った。
「トヨ、お前がいいなら俺はお前と一緒に行くよ」
ハツは泣きながら、およそ上品とは言えないくらい大きな口を開けて笑った。
二人の前の地面が途切れる。
しかし、二人は止まらない。
潮風を切って進む。
夜明けの光が二人を包んで、呼応するように水面が煌めいた。
「朝蜘蛛ね」
ハツが風切音に負けないように叫ぶ。
「そうだな、朝蜘蛛だ」
音太郎も同じくらい大きな声で怒鳴った。
崖の上で、丑之助は二人の姿を見送っていた。
​【終】
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