top of page

​終幕「血潮」

「犯人はやはり『夜蜘蛛』だったか」

丑之助がそう言うと、音太郎がゆがんだ笑顔を浮かべて言い放った。

「はっ。俺は『夜蜘蛛』だぞ。金がありそうな宿屋の主人なんて、格好の獲物だろ」

「音太郎さん!」

ハツが怒りのあまりか、叫ぶ。

音太郎は高らかに笑った。

「いいんだよ、ハツさん! ここらが俺の年貢の納め時みたいだからさ、おとなしく捕まるよ。『夜蜘蛛』の脅威が去った都で幸せに暮らせばいいよ」

ハツは何も言わない。

ただただ、青ざめた顔で立っていた。

「もう残す言葉はないか?」

丑之助が冷たい声色で問う。

音太郎は満足げな顔で頷いた。

「ああ、いいよ。残す言葉どころか、思い残すことも何もない」

丑之助の刀がゆっくり振り上げられる。

ハツの目に、血飛沫が鮮明に映り込む。

音太郎がゆっくりと倒れこみ、その後、静寂が訪れた。

かくして、世間を賑わせた脱獄犯「夜蜘蛛」は生涯を終えたのだった。

 

翌日。

丑之助とヨシが時間をずらして都に立った後、惨劇の舞台となった宿屋で、ハツは一人、佇んでいた。

朝日が入り込む宿屋。

その光の筋に音太郎の遺体が浮かび上がる。

ハツは一筋、音もなく涙を目から零し、その亡骸を抱きかかえて歩き出した。

波の音がする方へ。

「あなたは夜蜘蛛なんかじゃないわ」

ハツの独り言は、下から吹き上げる風に散り散りになる。

「朝蜘蛛よ」

ハツは、波の音がする方へ、空中へ足を踏み出した。

 

【終】

bottom of page