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​◯Another End

人差し指を差し出すと、小さな手はそれを案外力強く掴んだ。
レイモンドはその様子を見ながら、ポツリと呟いた。

「ここでお別れしよう」

その決断に、ロードリックが珍しく血相を変えて赤子を庇うようにレイモンドの前に立ちはだかった。
「正気ですか」
唸り声のような質問が発せられる。
「この子は……人狼として覚醒しないかもしれませんよ。
ただの人間だって可能性もあるんです。それを捨ててまで、この子を殺しますか」
そうだな、とレイモンドは囁くように相槌を打つ。
「でも、そうするしかないと思うんだ」

「なぜです……!」
ロードリックはなお諦めない。その様子に、モーガンは首を傾げた。
「ロードリック、どうしてその子を庇うの?
その子は人狼かもしれなくて、もし人狼だったらあたしたちだって危ないんだよ。
それに、あたしたちが犠牲になるならまだ自己責任だけど、他の人を殺しちゃったらどうするの?」
「人狼は必ず人を喰うと決まっていません。
人狼と人間の共存は、決して不可能じゃない。その子がきっとそれを証明して……!」

「無理だ」

レイモンドがロードリックの言葉を遮る。
「無理だ。アシュリーがハリエットを殺したのがその答えだろ」
ロードリックは力なくうなだれた。
「どうしても育てないのですね」
「俺は間違ってるか?」
「いいえ。きっと間違ってなんかいませんよ。しかし、正しくもないでしょう」
「一度だけその子を抱かせてください」と言うロードリックに、レイモンドは自分の指を離そうとしない赤子を無理やり引き剥がして手渡す。

ロードリックはその腕の中に赤子を抱くや否や、レイモンドとモーガンを押しのけて闇夜へ踊り出す。
「おい……!?」
「ロードリック!」
慌ててハリエットの家を飛び出した二人は、赤子を咥えて走り去る狼の後ろ姿を見た。
狼の指は欠けて、あの恐るべき鋭い爪はなかったが、しなやかな動きで人間が敵いそうもないほど早く走っていく。

それを追いかけることもなく見送りながら、モーガンは言った。
「あのさ、あたし、ちょっとホッとしたかも」
「お前もかよ……」
レイモンドは困ったように頭を掻いた。

その後、村に残ったレイモンドとモーガンは、火事の後忽然と姿を消してしまった三人の姿を見ることはなかった。
やがて二人は寂しい村を捨て、それぞれ望む場所へ引っ越して暮らした。
無人となった村がその後どうなったか、それを知る者はいない。
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